あどけないこと

~病気療養中のそれとない日常~

なんとなく、フラクタル

なんとなく

昨日の夜は暑くて寝付けなかったので、Netflixで映画見てた。

フラクタル,Blue」

有島心は、家族や友人との関係に悩んでいる高校3年生。
辛い、悲しい、と感じる“心”なんて無くなって欲しいと願っていた。
そんな気持ちで頭で思い描く「死にたい」という気持ち。
心が人生最後の場所に選んだのは、家族との思い出の海。
しかし、そこに一人の男が割り込んでくる。その男、西澤智樹は、7年前、父の犯した一家無理心中での唯一の生き残りであった。
命と引き換えに、智樹は“心”を失ってしまった。
“心”のいらない心と、“心”のない智樹。出会った「死にたい」ふたり。
智樹は心に一つ提案をする・・・。

追い詰められて、追及の結果、死を目指すというような状況ではなくて、なんとなく「死にたい」という気持ちを抱えた、若い人達なら誰でもありそうな気持を描いたもの。

誰にでもある気持ちだから、その曖昧でいられる状況の時に、ふらふらと自然を歩いたり、あてのない旅行に出たり、いつもと違うところで人と話してみたり、そういった事によってその気持ちが変わったりするのを待って欲しいな。

大人になってしまうと、健康だったり、お金だったり、心の曖昧さがなんとなくでも、現実の厳しさによって追い詰められてどうしようもなくなったりするから、違う話になちゃうかも。

若い時、中学・高校生の時とかは、そういう気持ちの時、どうしてたか。

その当時は、今のような自然がすぐ見えるところには住んでなかったから、そういう時は駅のホームに行ってたかも。

終着地に近づく電車や、駅のホームって、なかなか良いんだよ。みんな疲れてて他人に興味なんて持ってないし。がら~んとして、カオナシのごとく無表情だし。

そういうところに身を置いていると、不思議と自然の中にいる気分が味わえる。何かの流れの中に、佇んで、世界を俯瞰しているような気分になれる。

映画の中では、心を失いたい少女と、心を失った少年が出会うけど、現実は駅のホームでそんな事してても、誰かと何かが始まるなんてことはないんだろうけど、たまにおっちゃんとかに話しかけられてた。

一人、よく話しかけてくるおっちゃんがいて、魚屋さんに勤めている人で、余り物のお刺身を何回か貰ったことある。何話したかは覚えてないんだけど。家出少年と思われてたのかも。

昔から変な少年だったな。事件に巻き込まれたりしなくて良かったものだ。